カトリック中央協議会のホームページに聖母の被昇天について次のように記されています。
「マリアが霊魂も肉体もともに天に上げられたという教義で、1950年11月1日に、教皇ピオ12世(在位1939~1958)が全世界に向かって、処女聖マリアの被昇天の教義を荘厳に公布しました」と。実はこの教義が制定される以前に、すでに多くの請願が信徒や神学者たちから出されていたそうです。また、第1バチカン公会議(1869~1870)において、204名の教父が聖母の被昇天を決定するように提案したことや、1912~1937年に「被昇天の定義促進運動」が盛んになったことの背景があったと言われています。
聖母の被昇天が宣言される前に第1次世界大戦、第2次世界大戦があり、たくさんの人が犠牲になりました。その中にはナチスによるユダヤ人虐殺もありました。多くの人たちが悲しみと挫折感に打ちのめされていました。何故、教会は2度の戦争を止められなかったのか。
ユダヤ人の虐殺に沈黙していたのかという批判にさらされました。教会の存続意義についてピオ12世は真剣に答えを求めていました。戦後の1950年、戦争の難しい時期が終わったばかりで、世界のムードは非常に悲観的であったと言います。人間には救いがない、人間そのものは矛盾に満ちているといったように、投げやりな風潮が起こってきたそうです。
ピオ12世は「教会には意味がある」「信じる価値がある」ことを伝える方法を模索しました。そして、生まれたのが、マリアの被昇天を教義宣言することでした。「私たちも聖母に倣って、肉体も魂も天の栄光に迎えられたい」その願いを胸に、戦後の苦しい時期を立ち上がろうとしました。まさに聖母に助けを願ったのです。『聖母の精神がみなぎる時、教会は息を吹き返す。これまで、危機の時には、聖母マリアにとりなしを願い、教会は立ち直ってきました。2つの世界大戦を止められなかった教会は、再び立ち上がるために、聖母に力を願いました』(柴田潔神父)。
その結果、ピオ12世は1950年の大聖年にあたり、聖母マリアが人生の終わりに、肉体と霊魂を伴って天国に上げられたという「聖母の被昇天」を正式に教義として宣言しました。私たちも肉体も霊魂も救われたいという思いを聖母が被造物の代表として復活の先取りとなられたのです。これは神様のお恵みでした。私たちは魂に比べれば肉体は劣ったもの、汚れたものという風に考えがちですが、肉体も魂と同じように尊いものなのだ。そして両方とも天に受け入れられるというとらえ方はとても新鮮で、救われる気持ちになります。
そして、1950年の宣言後、教会も社会も問題を抱えながらもどんどん雰囲気が変わってきて、成長しながら楽観的に物事を見ていけるようになったと言います。肉体と魂、身体と心と言い換えても良いでしょう。身体と心は切り離せません。イエス様もマリア様も体を持っていました。み言葉である神が受肉し人となられました。罪以外は私たちと同じ体をもった人となられたのです。マリア様も無原罪の聖母としてこの世にお生まれになられました。そして、マリア様は聖霊により身ごもり、イエス様を生んで下さいました。神様は心だけではなく体をも祝福してくださいました。「あなたがたの体は、神からいただいた聖霊が宿ってくださる神殿です」
(1コリント6章19 )。「わたしたちの体は多くの部分から成り立っていても、すべての部分が同じ働きをしていないように、わたしたちも数は多いが、キリストに結ばれて一つの体を形づくっており、各自は互いに部分なのです」(ローマ12章4~5)と。心を宿す体を、神様が祝福して下さっているのですから、今まで以上に身体を労り、大切にしていきたいと思いました。
さて、話は少し変わりますが、 聖母の被昇天に読まれる福音にはルカ福音書の、マリアがエリザベトを訪問する箇所が必ず朗読されます。その時に出てくるみ言葉に「主が、おっしゃったことは必ず実現すると信じた方は、なんと幸いでしょう」(ルカ1章45章)というものがあります。このみ言葉は天使ガブリエルからの受胎告知を受け入れたマリアに向けられたエリザベトの言葉ですが、また、同時にマリアの生涯を言い当てた言葉でもあると思います。マリアについて、教会は3つの教義を宣言しています。「①聖母マリアは神の母です。②聖母マリアは無原罪です。③聖母マリアは被昇天、身も魂も完全に救われているのです」と。神の母であり、原罪を免れ、身も心も天に上げられたマリアは祝福された女性でした。けれども私たちと同じで様々な試練に直面しました。受胎告知でのハイと言う返事は夫となるヨセフから離縁されるおそれがありました。また、イエスの誕生の時は身重の体で、ベトレヘムまで旅をしなければなりませんでした。そして、イエスを出産する時は馬小屋で出産しなければなりませんでした。出産後は幼子イエスの命を狙うヘロデ王から逃れるために、エジプトに避難し難民生活を余儀なくされました。その後、ナザレに戻りますが、夫ヨセフに先立たれ母子家庭の中でイエスを育てました。成人したイエスが公生活に入られた時は、親戚からイエスの頭が変になったと思われ苦しみます。けれどもマリアはイエスの宣教活動を共に担い助けました。喜びの時もありました。カナの婚宴で水を上等なぶどう酒に変えた最初の奇跡を目の当たりにし、共に父なる神を賛美したことでしょう。そして、一番つらかったのは十字架上の我が子の苦しむ姿を見て、胸が剣で刺し貫かれたような体験をされた時だったと思います。祝福された女性は私たち以上にたくさんの試練を体験されたのです。「主が、おっしゃったことは必ず実現すると信じた方は、なんと幸いでしょう」。このみ言葉はおそらくイエスの復活後、聖霊降臨を経て、聖霊の恵みでご自身の一生を振り返った時に感じられたみ言葉にもなっていったのではないでしょうか。その結果、マリアの生涯はすべて神に受け入れられ被昇天の恵みに繋がっていったのだと思います。そして、被昇天は毎年、終戦記念日と同じ日に祝われます。世界の中には戦争がまだ続いている国があります。紛争もあります。平和の元后聖マリアの取り次ぎを願いながら戦争や紛争、自然災害等で苦しんでいる方々に寄り添いつつ、自分の身近なところから平和を作っていくことができますように、祈ってまいりましょう。